名古屋のパチンコ優良店のおかげで、今月もパチンコ稼ぎました!!




わたしは、現在愛知県名古屋市にいます。
転勤が多く、九州から長野までいろいろと各地でパチンコしています(^_^;)
現在は名古屋市で仕事帰り稼働しているのですが、パチンコ優良店で調べてこられたかた朗報です!!!!

名古屋はパチンコ稼ぎやすく、パチンコ優良店多数です!!
今回は、名古屋がなぜ稼ぎやすいのか?と10月の月間収支と書いていきます。
今回パチンコ発祥で記事が長くなってしまってので、飛ばしたい方は目次利用↓↓してくださいm(__)m

パチンコ発祥の地名古屋

パチンコ発祥の地が名古屋であることは、パチンコ好きなら誰もが知っています。でも、その由来について、調べると諸説あって、 はっきりしません。そのうちのひとつを今回は紹介します。 戦後間もないころ、アメリカの田舎の居酒屋には コリントゲーム(ピンボール)が置いてありました。

とある居酒屋に小林氏が立ち寄った際、 このゲーム機を一台買って、日本で売れるか 試してみようと考えましたが、そのままでは、 売れそうにありませんでした。

そこで、名古屋市西区、今の「浄心」 あたりで新しいゲーム機を考えていた正村竹一氏に 相談したところ、横になっているコリントゲーム機を縦にして作成しました。

正村ゲージ1号機

小林氏は、この新しい機器に、勝てば景品がもらえるというシステムを導入し、それ専門のコリントゲーム店を作り、これが評判を呼び、 あっという間に全国に広がりました。

その後、この英語の「コリントゲーム」という呼び名は 「パチンコ」に変わり。また、その頃パチンコ店でよく流されていた「軍艦マーチ」は進駐軍には国歌と思われ、 寛大であったみたいです。

さらにパチンコに近づく

それまでのパチンコ台は入賞口が多く、 バラ釘(盤面に釘を均等に打ち込んだもの)のみで 構成されており、正村さんもそのような台を製造して営業していましたが、 1948年頃に入賞口を減らして釘の並び方に新たな工夫をした台を開発。

現在のパチンコ台にも見られる天釘、ヨロイ釘、 ハカマなどの釘の並び方は、全てこの正村ゲージが原型で、ほかにも、玉を受けて回転する「風車」や、 いわゆる「チン、ジャラ」と呼ばれる賞球のベルを導入したのも正村さんです。

当時のパチンコ台の大きさ、規格などはメーカーによってまちまちで。大きなガラスを新しく切って特注品を造るのはお金がかかる。何か適当な既製品はないかと検討したところ、温室用ガラスで作っていたみたいです。

パチンコミュージアム

大戦中、名古屋の都心も空襲で焼け野原となり、奇跡的に正村さんの店5軒だけが焼け残り、そこでいちはやくパチンコ屋を再開したら 大流行し、台が足りないので正村氏も自分で製造に乗り出した。
瞬く間に全国に広がった。

これが名古屋パチンコ発祥の地と言われる所以です。

パチンコミュージアムは、 名古屋市西区城西4-19-6、正村会館の3Fにありましたが、本日わたしが、電話確認したところ電話がつながらず。
調べると、正村商会は現在解体されていて、パチンコミュージアムも潰れてしまったそうです。

参考:Wikipedia

発祥の地だから優良店が多い??

わたしが、感じたのは名古屋の人はパチンコ好きの人口が多いと感じています。
年配の方もパチンコ離れと言われている昨今のなか、若者もたくさんのパチンコユーザーがいるのが名古屋だと感じます。

パチンコ人口が、他県に比べ相対的に多いのでパチンコ屋さんも経営が楽なんでしょうね。

名古屋で稼げた10月収支

わたしの愛知県免許がこちらです(笑)

 

今月の収支がこちらです。

まぁまぁ今月は稼働できたので、31万5400円稼げています。
POS(パチンコオンラインスクール)のスキルがあれば、名古屋にきたらさらに稼げますよ
受講生ならわかるんですけど、ホールである怪しいにおいが名古屋は強いです!!!
>>あ、パチンコで勝つ入り口だ!やっとみつけたパチンコオンラインスクールで書いております。

まとめ

パチンコ発祥の地の名古屋中心でビバリー源は稼働しています。
もしかしたら、あなたの隣で稼働しているかもしれませんね(笑)
>>わたしのプロフィールはこちらに書いてあります。

他の土地から来られた方、名古屋はパチンコでら激熱ですから安心してくださいね。

ビバリー源
公式LINE@

今日のこのクリックが
一歩になり、勝つ道へと繋がります!

・ブログパスコードプレゼント
登録者限定プレゼント
続きはLINE@↓↓
登録の後で↓↓
友だち追加
※パチンコ、スロットで
勝たなくていい人は、登録しないで下さい。